鷹取城跡

鷹取山山頂の鷹取城跡の写真

福智山の支峰である鷹取山山頂(標高632メートル)にある城跡。戦国の世でこの地は、勢力争いの接点であり、豊前と筑前の境界でした。鷹取城は、永承元年(1046年)に長谷川吉武が築城し、豊前国の城として500年以上の歴史を重ねました。その後、慶長6年(1601年)、筑前に入国した黒田長政が、鷹取城を端城のひとつに定め、母里太兵衛(もりたへえ)を城主とします。この母里太兵衛は「黒田節」のモデルとされ、戦国大名の福島正則から名槍(めいそう)「日本号」を飲み取ったエピソードで知られている豪傑です。頑固者の太兵衛は「富士山よりも福智山の方がすばらしい」と言い放ち、生涯譲らなかったというエピソードが残されています。(福智町上野)

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